【人気低迷の理由】なぜWilsonの品質管理はおざなりなのか?Bladeは現代テニスに向いていない?未発売モデル「P98」の正体について

「同じラケットを3本買ったのに、重さも振り感も全部違う」——Wilson ユーザーのあいだで繰り返し語られる、あの”あるある”から話を始めたい。同じ「ブレード98」のはずなのに、1本ずつ別物のように感じる。なぜこんなことが起きるのか。

ただ、今日の本題はその先にある。いまツアーで、静かに、しかし確実に進んでいる「ある移行」だ。トッププロたちが、あれだけ人気だった Blade を手放し、**まだ発売もされていない謎のフレーム——通称「P98」あるいは「Python」**へと乗り換え始めている。なぜ、売っていないラケットをわざわざ選ぶのか。これは、その移行の物語だ。

最初に断っておく。この記事は「確定した事実の解説」ではない。いま起きている移行の物語と、その背景にある現代テニスの論理を読み解くものだ。だからこそ、どこまでが事実で、どこからが見解や噂なのか——そこを一つひとつ区別しながら進めていく。

Wilson の個体差は「本当に」あるのか

P98 の物語に入る前に、土台となる「品質管理」の話を片づけておきたい。なぜなら、プロが選別個体を使う背景には、この問題があるからだ。

Tennis Warehouse の公式フォーラム Talk Tennis には、ユーザーが実測した投稿が数多くある。あるユーザーが同じ Wilson モデルを3本計測したところ、静的重量が295g・298g・305g、スイングウェイトが270・287・299、バランスも31.1cm・32.2cm・32.0cmと、同じモデルなのにはっきりばらついていた。別のユーザーも「違う店で同じ Blade を買ったら4〜5g差があった」と報告している(出典:Talk Tennis 該当スレッドただし投稿者は匿名ユーザーで、数値は自己申告)。

メーカー差もよく語られる。Talk Tennis のある匿名ユーザーは、こう明言している(語そのものは “lackluster QC” =「お粗末な品質管理」)。

Wilson はお粗末な品質管理で悪名高い。Yonex 以外は、ほぼ全ブランドでマッチングサービスを使うことを勧める。Yonex の品質管理は非常に良く、たいてい1〜2g以内だ (出典:Talk Tennis 匿名フォーラム投稿)

用具メディアの第一人者 Tennisnerd のヨナス・エリクソンも、一貫して「品質管理に関しては Yonex に脱帽だ。重量とバランスに特に注意を払っているようだ」と評価している(出典:Tennisnerd)。そもそも Tennis Warehouse が有料(約20ドル)で「ラケット・マッチングサービス」(指定スペックに近い個体を選んで揃える)を提供していること自体、市販ラケットには個体差があるという前提に立った商売だと言える(出典:Tennis Warehouse)。

ただ、ここは公平に書いておきたい。改善の兆候も確かにある。Tennisnerd は Blade 98 v9 のレビューで「異なる入荷元から来た2本がよく一致していた。Wilson が品質管理に取り組んだ証拠だ」と評価した。新型の Shift も、プロトタイプ段階では「重量が最大10g、スイングウェイトが20ポイントもずれていた」と報告されつつ、製品版では大きく改善されたとされる。

では、なぜばらつくのか。ここは慎重に。複数の用具メディアによれば「Wilson のラケットは中国で製造されている」とされ(出典:TennisCompanion)、Wilson 自身は「米シカゴ拠点・Amer Sports 傘下の企業」であることが公式に確認できる。ただし製造拠点やコスト構造と個体差の因果関係は、推測の域を出ない。「(メディアによれば)中国製造」までは言えるが、「だからばらつく」は推測——ここは混ぜない。

そしてもう一つ。プロが選別個体(プロストック)を使う背景に品質管理のばらつきがあるのは事実だが、「市販の公差が自分の許容を超えるから選別個体を使う」という構造は、実は全メーカーに共通する。Wilson だけの特殊問題として誇張するのは正確ではない。

まとめると、「Wilson の個体差は、評判としては確実にある。ただし近年は改善の兆しもあり、断定しすぎてはいけない」——これが事実ベースで言えるラインだ。なお、これらの証言の大半は匿名フォーラムや個人ブログ由来で、メーカーを横断した定量的な比較データが公開されているわけではない、という点も添えておく。

「インフルエンサー偏重で遅れた」は事実か、見解か

ここからは事実ではなく”見解”の話だ。評論家やプレーヤーが語っている主張として聞いてほしい。

用具メディアや評論家の一部に、「Wilson はマーケティングやカルチャー寄りで、肝心の用具の革新が後手に回った」という論調がある。

実際、Wilson はインフルエンサーをシカゴに集める「Wilson Week」というイベントを開いたり、アパレル路線を強めたりしている。これらは公式に確認できる事実で、「用具の革新より、ブランドやカルチャーの創造に軸足を移している」という見立ての土台になっている。用具ガイドの TennisCompanion も「Wilson は最も抜け目ないマーケターの一つで、選手起用やインフルエンサーマーケティング、トレンディなデザインで大きなシェアを得た」と評している。

この論争の中心にいるのが、元プロで現在は ATP のコーチでもあるテニス YouTuber、カルエ・セル(登録者19万人)だ。彼は「Blade は現代の高スピン・高速テニスに最適化されていない。P98 の方が現代テニスに合っている」という見方を示している。聞くに値する、説得力のある議論だ。

一方的にならないために、反証も出しておく。Blade は「時代遅れの失敗作」ではない。むしろ成功作だ。Wilson 公式の発表によれば、2024年1月10日時点で Blade は ATP と WTA のトップ100に合わせて40人もの選手が使っていた(チチパス、デ・ミノー、ハチャノフ、コルダら実名も公式に列挙)(出典:Wilson 公式ブログ)。彼らは98平方インチのコントロール・フィール系という”Blade コンセプト”を持つ「H22」という金型を使い、このフレームは長年トッププロの選択肢として確かに機能してきた。

だから「現代テニスに合っていない」と言い切るのは行き過ぎ、という捉え方もできる。より正確には**「高スピンの”スピン兵器”というカテゴリーで、Wilson には長いあいだ強い対抗馬がいなかった」**と言うべきだろう。

現代テニスの大きな流れとして、プロのポリエステルガット使用率はハイブリッドを含めれば8〜9割超とされる(専門メディアの推計。Tennisnerd は「約90%超」と表現)。スピン量とヘッドスピードを重視する方向に、ツアー全体が進み続けている。この流れのなかで、Wilson の高スピン系の手薄さが相対的に目立っていた——繰り返すが、「遅れていた」は論者の主張、「スピン兵器の対抗馬が手薄だった」が事実に近い言い方だ。

P98 とは何か、なぜ「自然な乗り換え先」なのか

さて、ここがこの記事の肝だ。謎の新型 P98。

P98 とは、Wilson の未発売の新しいスピン系フレームだ。2025年からツアーで、黒く塗りつぶされた——いわゆるブラックアウトの——プロトタイプが目撃されるようになった。「Python」「Redline」「P98」と複数の呼び名が飛び交っているが、Wilson はそのどれも公式に認めていない(出典:Tennis Gear Guide)。位置づけとしては、Babolat の Pure Aero 98 や Yonex の VCORE 98 への直接の対抗馬。Blade の後継ではない、新しいラインだと見られている。

判明しているスペックは、ヘッドが98平方インチ。ストリングパターンは16×20と18×20の両方が確認されている。 ただし、重量・バランス・剛性・スイングウェイトといった具体的な数値は、出品者やテスターが計測した情報であって、Wilson 公式のスペックではない。そもそも上記の P98 関連の情報はすべて、Wilson が公式に発表・確認していない、プロトタイプ目撃と用具メディアの報道に基づくものである点を、改めて強調しておく。

P98 の魅力を、用具メディアの Tennis Gear Guide が見事に要約している。

Blade は”押して切る”のを助ける。Python は”振り抜いて乗せる”ために作られている (出典:Tennis Gear Guide

この対比こそ、移行の物語の核心だ。整理しよう。

  • Blade 98 は、薄いビーム・低めの剛性で、「自分でペースとスピンを作る中上級者向けの、予測しやすく、正確で、打感を重視したコントロールフレーム」。裏を返せばスピンモンスターではない。自分から仕事をしないと球が走らない。
  • P98 は、易しいスピン・攻撃的なヘッドスピード・重い弾道——そういうものを求める選手向け。ただし Wilson らしい、ボールと”つながった”打感を保ったまま設計されている、とされる。

つまり P98 は、Babolat の Aero が持つ「易しいスピン」と、Wilson の Blade が持つ「操作性とフィール」の、ちょうど中間地点を狙ったフレームだ。だからこそ、Blade を使ってきた選手にとって、いちばん自然な乗り換え先になりうる。

コルダの移行が示すもの

この物語を象徴するのが、セバスチャン・コルダだ。

コルダは市販の Blade の、それも珍しい18×19というパターンを使っていたが、より開いた16×20の P98 へ移行したと報じられている。コルダ自身も、自分が出演した動画のなかで、なぜ Blade から P98 に移ったのかを語っている。

コルダの話から理解できるのは、現代テニスが要求するスピンとヘッドスピードに Blade の古典的設計が完全には応えきれないため、Wilson が新しいフレームをツアーに供給し始めた、ということ。コルダがより開いたストリングパターンを選んだのは、パワーとスピンの持ち上がりを取りに行った動きだと解釈されている。

そして、これが Wilson にとって「復活の鍵」になりうる、という見方がある。Tennis Gear Guide は「噂どおりなら、オリジナルの Clash 以来、最も刺激的な Wilson のリリースになりうる」と書いている。【ただし、これは期待であり、予測だ。】

まとめ:いま静かに進んでいる物語

要点を3つ。

第一に、Wilson の個体差・品質管理のばらつきは、「評判」としては確実にある。 実測の証言も、Yonex との対比も揃っている。ただしその大半は匿名フォーラムや個人ブログ由来で、メーカー横断の定量データは公開されていない。しかも Blade v9 以降は改善の兆しもある。だから「悪名高いのは事実、でも近年は改善の動きもある」——これが正確な温度感だ。

第二に、「インフルエンサー偏重で遅れた」は、論者の主張であって客観的事実ではない。 Wilson がカルチャーやアパレル路線を強めているのは事実だが、Blade はトップ100に40選手が使う成功作でもある。フェアに言えば「高スピン系の対抗馬が、長いあいだ手薄だった」というところ。

第三に、Blade から P98 への移行は、「押して切る」フレームから「振り抜いて乗せる」フレームへの移行として描ける。現代テニスのスピン・ヘッドスピード偏重に Blade の古典設計が完全には応えきれず、P98 が Aero の易しいスピンと Blade のフィールの、ちょうど中間地点を狙う。だから Blade ユーザーにとって自然な移行先になり、Wilson 復活の鍵になりうる——これが、いま静かに進んでいる物語だ。

発売されたとき、この P98 が本当に Wilson を”スピンの時代”に連れ戻すのか。それは、これから一緒に見届けていきたい。