重力で振る、走りながら振る — コボリのフォアハンドはなぜ世界3位と渡り合えたのか

2026年6月7日、ローラン・ギャロス決勝。第4セットのタイブレーク、フラビオ・コボリは簡単なハイボレーを外した直後に、走りながらフォアハンドをダウン・ザ・ラインへ突き刺した。このウィナーでセットを取り、試合を第5セットへもつれ込ませた。決勝はズベレフに6-1, 4-6, 6-4, 6-7(5), 6-1で敗れたものの、世界14位のコボリが第2シードと4時間16分を戦い抜いた、初のグランドスラム決勝だった(出典:ATP公式)。

あの「走りながらのフォアハンド」こそ、コボリというプレイヤーの本質だ。今日は、彼の最大の武器であるフォアハンドを、バイオメカニクスの観点からしっかり掘り下げたい。なぜ183cmの「中量級」の選手が、世界3位と打ち合えるフォアハンドを持てたのか。

まず事実から:コボリは何者か

技術論に入る前に、簡単に背景を押さえておく。

フラビオ・コボリは2002年5月6日、フィレンツェ生まれのローマ育ち。元々はサッカー少年で、熱狂的なASローマのファンだった。本人がイタリアのTV番組で語ったエピソードが微笑ましい。「僕が生まれたとき、父はフランチェスコ・トッティのユニフォームを持って病院に来た。父にとって、それが僕が最初に見るべきものだったから」。

テニスに専念してからの歩みは速い。2025年にブカレストで初タイトル、続くハンブルクでルブレフを破ってATP500を制覇。2026年はアカプルコでハード初タイトル、そしてこの全仏準優勝で、世界10位入り。1973年以降のATPランキング史上、トップ10に入ったわずか7人目のイタリア人となった(出典:Roland-Garros公式プロフィール)。先人はパナッタ、バラズッティ、フォニーニ、ベレッティーニ、シナー、ムゼッティ。錚々たる顔ぶれだ。

そして重要なのは、彼のフォアハンドを17歳から磨いてきたのが、コーチである父ステファノ・コボリだという点だ。元プロ(キャリアハイ世界236位)の父との二人三脚で、この武器は作られた。

技術論①:上体のコイルと「重力で振り始める」

コボリのフォアハンドを最も具体的に分析しているのが、テニスアナリストのヒュー・クラーク(TennisViz/Courtside Advantageのデータを使用)だ。彼の表現が、実に的を射ている。

彼のスイングが好きだ。上体を実によくコイル(捻り)させ、重力を使ってラケットを優れたスロット位置へと動かし始める (出典:Hugh Clarke

ここには2つの重要な技術概念がある。

ひとつは上体のコイル。テイクバックで上半身を深く捻ることで、ゴムを巻くようにエネルギーを溜める。これを解放することでパワーが生まれる。

もうひとつが、見落とされがちだが本質的な**「重力でラケットを振り始める」**という点だ。多くのアマチュアは腕の力でラケットを引き、力ずくで振り下ろそうとする。だがコボリは、ラケットをいったん脱力して「落とす」。重力に任せてラケットヘッドを下げ、理想的な「スロット位置」(インパクトに向けてラケットが加速できる、体の横から下のポジション)へと自然に導く。腕は力まず、しなる。この「重力を使う」感覚こそ、効率的なフォアハンドの核心であり、トップ選手とアマチュアを分ける部分でもある。

技術論②:走りながら振れる「ランニングフォア」の秘密

コボリのフォアハンドが真に特異なのは、追い込まれた体勢・走りながらでも高い球速を生めることだ。決勝のあのタイブレークのウィナーが、まさにそれだった。クラークはこのメカニズムを分解している。

ラケットのフリップ(鞭のような返し)が見え、優れたスロット位置と腕のストレッチを達成している。左脚が体の前にクロスすることで、上体がショットを通して横向きに保たれ、これがラケットヘッドをさらに加速させる (出典:Hugh Clarke

ポイントは**「左脚を体の前にクロスさせる」**動きだ。走りながら打つとき、普通は体が開いて(正面を向いて)しまい、力が逃げる。だがコボリは走りながらでも左脚をクロスさせることで、上体を横向き(ショットの方向に対して肩のラインを保った状態)にキープする。クラークいわく「上体が止まるとエネルギーが行き場を失う」——逆に言えば、横向きを保つことでエネルギーがラケットヘッドへ流れ続ける。これが「一見弱い体勢から、あれほどの球速を生み出せる理由」だとクラークは結論づけている。

身長との関係も興味深い。クラークはコボリを「身長6フィート(約183cm)の中量級の選手だが、その俊敏さと可動域の爆発力ゆえ、6フィート4インチ(約193cm)と表記してもおかしくない」と評する。長身でない選手が、体の使い方で長身級のパワーを出している、ということだ。

技術論③:「光と影」── 武器であり、諸刃の剣

ここまで絶賛してきたが、公平に書くべきことがある。コボリのフォアハンドは、最大の武器であると同時に、ミスも多い諸刃の剣だ。これもクラークが率直に指摘している。

彼はツアー平均よりミスが多い。両翼ともだ。TennisVizの52週指標では、選手のなかで60番台 (出典:Hugh Clarke

つまりコボリのフォアハンドは「ハイリスク・ハイリターン」。素晴らしいウィナーを連発する一方で、肝心な場面でミスも出る。これが決勝でもはっきり表れた。

第3セット、コボリは4-5・30-0とサーブをキープできる場面から、4連続ミスでブレークされてセットを落とした(出典:Roland-Garros公式)。まさに「最も必要なときにフォアが失速した」瞬間だ。だが第4セットのタイブレークでは、同じフォアが試合を救うウィナーになった。同じショットが、影にも光にもなる——これがコボリのフォアハンドの本質だ。

本人は、あのタイブレークのウィナーについて会見でこう振り返っている。「疲れていたが、自分に『行け、思い切って行け』と言った。たぶん目をつぶった。それが時々うまくいくんだ」(出典:tennis365)。技術に裏打ちされた思い切りの良さが、ハイリターンを引き出している。

準優勝までの軌跡と、第5セットの「影」

フォアハンドを武器に、コボリは見事なドローを勝ち上がった。3回戦でティエンを退け、準々決勝では第4シードのオジェ=アリアシムを撃破(グランドスラム初のトップ10撃破)。屋根が閉まった後に「フォアハンドでプレーを支配し始めた」と公式記事は記している(出典:ATP公式)。

ただし、ひとつ正直に触れておくべき文脈がある。**準決勝は、対戦相手アルナルディの体調不良による不戦勝(ウォークオーバー)**だった。コボリは準決勝を戦わずに決勝へ進んだ。決勝第1セットを6-1と一方的に落とした立ち上がりの悪さについて、複数のメディアは「準決勝を戦っていないことによる試合勘の欠如」を一因に挙げている。これは媒体側の見立てで、本人は「プレッシャーを少し感じた」と述べるにとどまるが、留保として記しておく。

そして第5セット。コボリは第4セット終盤からふくらはぎ、続いて大腿四頭筋に痙攣を発症した。「完全に疲れ果て、体がコート上で僕を見放した」と本人は語っている。6-1で力尽きた。フォアハンドの技術以前に、5セットを戦い抜く身体の話でもあった——この点は、いつかコボリが本物のグランドスラム王者を目指すうえでの課題になるだろう。

まとめ:技術が「ハイ」をどこまで高くするか

コボリのフォアハンドを技術的に整理すると、こうなる。

  • コイル:上体を深く捻り、エネルギーを溜める
  • 重力:腕の力ではなく重力でラケットを落とし、理想的なスロット位置へ導く
  • ランニングフォア:左脚をクロスさせ上体を横向きに保つことで、走りながらでもラケットヘッドを加速させる
  • 光と影:ハイリスク・ハイリターン。武器であると同時にミスも多い諸刃の剣

クラークは決勝の総括で、コボリのTennisViz数値が「控えめ」であることを認めつつ、それでも世界3位と互角に渡り合った事実を「若きイタリア人にとって、ハイがどれだけ高くなり得るかの証明だ」と評した。ミスの多さという「影」を抱えながら、技術の正しさという「光」で頂点の一歩手前まで来た。

コボリは表彰式でズベレフにこう語りかけた。「君が夢を叶えたんだから、次は僕に勝たせてくれ」。重力を味方につけ、走りながら振り抜くあのフォアハンドが、次にどこまで「ハイ」を高くするのか。23歳のトップ10プレイヤーの伸びしろは、まだ底が見えない。