世界女王であるアシュレイ・バーティの電撃引退は、世界中のテニスファンたちを震撼させた。そこで、今回は彼女のキャリアを紐解き、成し遂げた栄光を振り返っていく。tennis.comが報じた。
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バーティが師匠であるジョイスから学んだ4つのルール
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バーティを最初に指導したテニスコーチであるジム・ジョイスは、彼女に4つのことを優先してプレーするよう育てたと言われている。(1)良い人であること、(2)他者への敬意を示すこと、(3)楽しむこと、(4)幸せであること、だ。不思議なことに、この4つのルールの中に勝つことは目的として含まれていない。
才能と競争力のある若いアスリートなら誰でも、この優先順位に疑問を覚えるだろう。しかし、すべてのアスリートがバーティと同じ性格であるわけではない。ジョイスが示したこの指針は、彼女の明るく、地に足の着いた、極めて冷静な性格にぴったりと合っているのだ。バーティにとっては、勝利よりも幸せになることが最優先されてきた。
バーティが一時期、テニスから離れ、代わりにクリケットをプレーしたことも、彼女の一つの幸せの形だったと言える。「友達を作るためにテニスをしているんじゃない」とライバル意識丸出しのキャリアを歩んだシャラポワを始めとした、プロツアーの熾烈な伝統に逆らい、他の国の選手たちと友情を育んだことも彼女の幸福に繋がるが故の行動だ。そして同じく、世界女王として25歳で引退することも、バーティが自身の幸せだと判断した結果なのだ。彼女はSNSにポストした引退ビデオで、以下のように語っている。
「私はとても幸せです。そして私は準備ができています。この瞬間、心の中で、一人の人間として、これが正しいことだと分かっているんだ」
「私はもう、肉体的な原動力とか、感情的な欲求とか、世界レベルの頂点で自分に挑戦するために必要なものをすべて持ち合わせていない。もう限界なんだ」
バーティはツアーの伝統に逆らい友達を作った
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若くして引退したテニス選手で言えば、ビヨン・ボルグやジャスティン・ヘニンの名前が思い浮かぶ。この2人はそれぞれ、あまりに長い年月のハードワークによる燃え尽き症候群を理由に引退し、最終的にはツアーへ復帰した。
しかし、ボルグやヘニンとは違い、バーティは言葉通りキャリア全盛期で引退することになる。ボルグはウィンブルドンのタイトルをジョン・マッケンローに奪われた後に引退し、ヘニンはシャラポワの出現に伴ったスランプの最中に引退している。それに対してバーティは、誰もが認める”女王”として引退するのだ。
バーティにとって家族は、テニス以上に常に最重要なものであった。昨年11月には、プロゴルファーであるギャリー・キシックとの婚約を発表したばかりだ。最近は、スポーツ医療の発展により、30代半ば、40代までキャリアを延ばす選手も多くなっている。そのため、約1年間ずっと世界中を旅するツアーの過酷さや、選手の家族がどれほどの犠牲を払っているのか忘れてしまうことがある。バーティにとってツアーは、孤独感を覚える場所だったに違いない。
だから彼女は、ツアーが孤独で非人間的な場所であることを受け入れる代わりに、グローバルな友好関係を作ることに最善を尽くした。多くのプロ選手は、自分の国の選手たちとグループを作ることを好むが、バーティはそのようなタイプではなかった。ダブルスコートでも、ロッカールームでも、彼女は国境を越えて仲間たちと絆を深めていった。
バーティはペトラ・クビトバ、シモナ・ハレプ、クリスティーナ・ムラデノビッチと仲が良い。特にココ・バンダウェイとは親しく、2018年には彼女とダブルスを組んで、USオープンのタイトルを獲得している。
バーティのカムバックの可能性
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全盛期を迎えていたバーティには、惜しむべき点がたくさんあるだろう。彼女の滑らかなサービスモーションと、スローバックのようなキレのあるボレー。片手打ちのスライスと両手打ちのドライブのバックハンドを、交互に打ち分ける事実上唯一無二のスタイル。特に素晴らしいのは、敗北もゲームの一部、仕事の一部と受け止められるメンタルであり、スポーツをしたことがある人なら誰でも、これがどれだけ難しいことなのか理解できるはずだ。
もちろん、多くのファンは、彼女がいずれカムバックすることを望んでいるはずだ。生涯グランドスラム達成の一歩手前で引退するのは、何がなんでも虚しすぎる。
しかし、バーティの復帰の有無に関わらず、彼女のテニスと人生に対する姿勢が、周りの選手や後輩たちに影響を与え続けるのは間違いのない事実と言える。アスリートや若者のメンタルがかつてないほど不安定な今、バーティはコート上でのプレーだけでなく、コート外での自分への接し方についてもロードマップを提示してくれたのだ。
(画像=ashbarty)