引退宣言をしたフェデラーへ著名ライターが記事を寄稿「彼の記者会見で退屈することはなかった」

 

現在、世界中のテニスファンは喪失感に悩まされている。この競技において最もアイコニックな存在であるロジャー・フェデラーが、今月開催されるレーバーカップを最後に引退すると明言したのだ。そこで今回は、彼のキャリアに敬意を示すと共に、著名な海外ライターであるジョエル・ドラッカー氏が寄稿したTennis.comの特別コラムの内容を紹介させていただきたい。

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フェデラーはなぜ尊敬されるのか?

「念のため、もう一度言おう。ロジャー・フェデラーは引退する」

腰痛や数回に渡る膝の手術、モチベーションを失くす事による引退など、フェデラーにとってリタイアという概念は何年も前から語られてきた。そして今、それは現実のものとなった。テニス界は、歴史上最も人気のあるプレイヤーを近日中に失うことになる。

たかがテニス、されどテニスだ。考えてみてほしい。2011年の世論調査で、フェデラーはノーベル平和賞を受賞したネルソン・マンデラに次いで、世界で2番目に尊敬されている人物という結果が出ている。これは実業家のビル・ゲイツ、資産家のウォーレン・バフェット、俳優で慈善家のオプラ・ウィンフリー、元アメリカ大統領のバラク・オバマ、ローマ法王ベネディクト16世より上位の数字だ。

1人のテニスプレイヤーが、これほどまでに尊敬されるようになったのはなぜだろう?この50年間、多くのテニスプレイヤーがスポットライトを浴び、一般のカルチャーと交差してきた。文化的意義、活発な性格、社会活動など、プレー以外の面で表立つことも増えた。

しかし、フェデラーは、どのプレイヤーとも比較できないほど巨大な存在だ。彼はテニスの垣根を超えると同時に、卓越したセンスと優雅さをもってテニスを魅せる、まったく異なる選手だった。テニスを普段ほとんど見ない人でも、50年間プレーしている愛好家でも関係ない。フェデラーはテニスのアイコンであり、テニスの可能性をまばゆいばかりに表現する存在だった。この競技の歴史において、これだけ多くの人々を魅了させた人物はいない。

フェデラーの天才ぶりは、その身のこなしから見て取れる。彼は、バレリーナのように、歩くというより滑るように、見事な姿勢とバランスでコンタクトポイントに到達する。このような規律と優雅さが、フェデラーのショットの可能性を広げ、相手を惑わせ、観客を喜ばせ、そして自分自身をも喜ばせた。スピード、スピン、アングル、パワー、そのすべてがフェデラーの思いのままだった。彼は、これまでに見たこともないような完璧なプレイヤーだった。

注目すべきは、フェデラーの試合では、敗者が強引に力負けさせられたと感じることがほぼないことだ。ピンポイントのサーブ、しなるフォアハンド、すべてによって整然と、そして巧みに相手は切り刻まれるのである。テニスの歴史上、フェデラーほど多様なコンビネーションとセットプレーでポイントを獲得した選手はいない。その幅広い引き出しがフェデラー人気の大きな要因だろう。

不真面目な青年だったフェデラーが王者へ成長した軌跡

フェデラーのキャリアを振り返ってみると、彼の天才的な才能は、すぐに明らかになったわけではなかった。20年以上にわたって、彼のゲームは微妙に、しかし大きく変化しながら進化し、同時代のライバルより少なくとも一歩先を行くことができた。

フェデラーはキャリアの初期、自身の才能に自惚れて、練習や試合に必死に打ち込むタイプではないように見えた。しかし、2002年8月1日、フェデラーのプレーを形成した恩師であるピーター・カーター氏が交通事故で亡くなり、彼の人生が大きく変わる瞬間が訪れた。カーター氏の死はフェデラーに大きな影響を与え、2人で磨き上げてきた幅広い技術を最大限に発揮するために必要なことを、徹底的にやる時期が来たと思わせた。

過去50年間の男子世界王者の中で、フェデラーほど落ち着いて王冠を被っていた選手はいない。ビヨン・ボルグはコート上では平静を保っていたが、競技のプレッシャーに耐え切れず早々に引退した。サンプラスは、大いなる野心を内に秘めていたことを告白している。ジミー・コナーズは、ひたすら対戦相手への闘争心に燃えていた。ジョン・マッケンローは、狩られるより狩る方がずっと幸せだったとキャリアを振り返っている。

しかし、フェデラーの場合、プレイヤーとしての生活は、王者が抱える苦悩が軸とはならず、ゲームそのものへの興味、そして、自身の技を常に磨き、それを楽しむことで回っていた。キャリア晩年に開発したSABRが良い例だろう。他の選手たちが、頂点に立つことに神経質になったり、焦ったりすることがあっても、フェデラーは決して生き急いでいるようには見えず、練習でも、記者会見でも、ファンやスポンサーとの会話でも、常に私たちは冷静に振舞う彼を見てきた。

記事を寄稿したドラッカー氏が語るフェデラーの魅力

フェデラーのキャリアを最初から最後まで取材できたのは楽しかった。ウィンブルドンでサンプラスに勝ったとき、私はプレスルームにいたが、彼の喜びようはよく覚えている。その後20年以上、あの少年のような熱意と、人と繋がることへの興味はずっと健在で、2017年全豪での復活優勝で、それは再び鮮明に見えた。

フェデラーの記者会見に出席して、退屈することはほとんどなかった。多くの選手にとって、この堅苦しい質疑応答は、暗記した答えを繰り返すようなものだが、フェデラーの場合は、質問を処理し、思慮深い回答を作ろうとする彼の良心が見えるのだ。それがまた、彼についての記事を書きやすくしている。

しかし、フェデラーのプレーはいつも、口で喋るよりも雄弁に語っていた。

2018年ウィンブルドン開幕前の木曜日の午後、私は恒例のサンフランシスコからロンドンへのロングフライトに乗った。例年通り、金曜日の早朝に到着し、ウィンブルドン・ビレッジのフラットに荷物を放り込んだ後、丘を下ってオール・イングランド・クラブまで歩いた。いつもなら、この日は事務的な作業に追われる日である。

象徴的なセンターコートの北西にある14番コートに目をやると、そこにはフェデラーがいて、同じプロ選手のイリ・ベセリと練習していた。コートの西側、フェデラーから3メートルほど離れた小さな観客席には、十数人も座っていなかったはずだ。そしたら、「優勝候補の調子は良さそうだね」と、私の隣に座っていた男性が言った。彼は、元選手であり、BBCの長年の解説者であり、殿堂入りも果たしたジョン・バレットであった。

30分間、フェデラーのショットを見ながらバレットは、フェデラーとサンプラス、ロッド・レーバー、ケン・ローズウォール、ルー・ホード、パンチョ・ゴンザレスといったテニス界の巨匠たちと断続的に比較した。しかし、彼の素晴らしいラリーを見た後、バレットはこうも言った。「彼は唯一無二のロジャー・フェデラーだ」とね。

(画像=https://twitter.com/Wimbledon)