絶滅危惧種の打ち方 ― シャポバロフの「左利き×片手バックハンド」は、なぜ時代に苦しむのか

跳ねながら振り抜く、あの片手バックハンド。叩きつけるような左のサーブ。デニス・シャポバロフのテニスには、他の誰にもない「華」がある。17歳…いや、正確には18歳でナダルを破り、世界を席巻するかに見えたあの若者だ。

いま、彼を「凋落した才能」と評する声がある。確かに、キャリアハイの世界10位から、近年は30〜40位台にいる。だが今日は、その「凋落」という言葉を一度脇に置いて、彼のテニスそのもの——左利きにして片手バックハンドという、ツアーでほぼ絶滅しかけた希少なスタイル——に焦点を当てたい。なぜこの打ち方は魅力的で、なぜいまの時代に苦しむのか。技術とスタイルの観点から掘り下げてみる。

最初に断っておくと、この記事は彼の内面を断定するものではない。「やる気を失った」「諦めた」といった評は観察者の解釈であって、本人の言葉ではない。事実と、論者の見立ては、丁寧に分けて読んでいきたい。

まず確認:シャポバロフは「凋落」したのか

技術論に入る前に、事実関係を整理しておこう。「凋落」という枠組み自体を、まず相対化したい。

客観的な事実はこうだ。シャポバロフのキャリアハイは世界10位(2020年9月21日)。グランドスラム最高成績はウィンブルドン2021の準決勝。そして近年は、2023年の左膝の負傷で一時140位まで落ちた(出典:Wikipedia)。ここだけ見れば「低迷」は事実だ。

だが、話はそれで終わらない。彼は2025年に、ダラス(ATP500)とロスカボス(ATP250)で2つのタイトルを獲得し、年末には世界23位まで復帰している(出典:ATP公式)。とくにダラスでは、フリッツ・ポール・ルードというトップ10を3人続けて撃破しての優勝だった。140位まで落ちた選手が、トップ10キラーとして戻ってきた——これを単純に「凋落」と呼ぶのは、いささか一面的だろう。

本題:「左利き×片手バックハンド」という絶滅危惧種

さて、ここからが今日の主題だ。シャポバロフのスタイルが、いかに希少かという話である。

テニスのトップ選手の大半は、両手バックハンドだ。片手バックハンドだけでも今や少数派。そこに「左利き」が加わると、その希少性は跳ね上がる。テニスメディアのTennis Templeは、こう指摘している。シャポバロフは、ATPトップ300の中で「左利き×片手バックハンド」を持つ唯一の選手だ、と。同じスタイルの選手を探すには、ランキングを314位まで下らなければならない(出典:Tennis Temple)。

この組み合わせは、強烈な個性を生む。左利きのサーブは、右利きの選手が普段あまり受けない角度に切れていく。かつてブラッド・ギルバートは、シャポバロフの左サーブを「スピンと角度が(マッケンローと同じくらい)厳しく、相手が守りにくい」と評した。片手バックハンドについては、ダレン・キャヒルがワウリンカを引き合いに「柔軟性とラケットスピードに通じるものがある」と語っている(出典:Tennis.com)。

つまり彼のスタイルは、もともと「相手にとって嫌な、異質な攻撃」を生むようにできている。これがハマったとき、彼のテニスは手がつけられない。本人も「調子が良く全てが流れるときは、自分を打ち負かすのは難しい」と語っている。

なぜ片手バックハンドは「時代に苦しむ」のか

ところが、この美しいスタイルは、現代テニスでは構造的な逆風にさらされている。これはシャポバロフ個人の問題というより、片手バックハンドという技術そのものの宿命でもある。

象徴的な事実がある。2024年2月、ATPランキング史上初めて、トップ10から片手バックハンドの選手が一人もいなくなった(チチパスが11位に落ちて成立)。Tennis.comはこう報じた。「1973年のATPランキング創設以来、毎週必ずトップ10に片手バックハンドの選手が一人はいた。だが、その連続記録が途絶えた」(出典:Tennis.com)。半世紀続いた灯が、ついに消えたのだ。

なぜか。現代テニスは、重く速いトップスピンの打ち合いに最適化されている。高く弾むボールを、肩より上の打点で何度も処理する——これは、両手バックハンドのほうが圧倒的に有利だ。片手バックハンドは、高い打点とスピンに対する安定性で構造的に不利を抱える。コートが全体にスローになり、ボールが高く跳ねる時代の流れは、片手打ちには逆風そのものなのだ。

シャポバロフの低迷を語るとき、この背景は見落とせない。彼の苦戦は、才能や気持ちの問題に還元される前に、「絶滅危惧種の打ち方で、両手全盛の時代を戦っている」という構造を踏まえる必要がある。

キャッシュの批判 ―「プランBがない」の中身

スタイルの話は、技術的な弱点の議論にもつながる。2026年6月、クイーンズでデ・ミノーに敗れたシャポバロフに対し、1987年ウィンブルドン王者のパット・キャッシュが、解説で辛辣な批判を述べた。

我々は彼のプランAを知っている。強烈なサーブとスペクタクルなショットだ。だがうまくいかないとき、どうするのか。何発か顔面を殴られたらプランBが必要だ。彼のプランBはプランAの焼き直しだ。(中略)彼は全てのショットを持つと言われるが、実際は違う。大きなスイングはあるが、プレッシャー下で使える『中間のショット』を持っていない。テニスはコントロールされた攻撃性のスポーツだ (パット・キャッシュ、BBCのクイーンズ中継解説 / 出典:Tennis365

これは手厳しいが、技術的には的を射た指摘でもある。キャッシュが言う「中間のショット」とは、守備から攻撃へ移行するための、リスクを抑えたつなぎの一打のことだ。フルスイングで決めにいくか、さもなくばミスをするか——その両極端の間にある「我慢して局面を立て直す球」が乏しい、という指摘である。

これは、攻撃的なハイリスク・スタイルの選手が共通して抱える課題でもある。シャポバロフのスタイルは、ハマれば美しいが、ハマらない日には立て直す手段が少ない。一貫性(コンシステンシー)の欠如として表れるこの問題は、彼のキャリアを通じて指摘され続けてきた。

ただし——これはあくまでキャッシュという一人の論者の解釈である点は、強調しておきたい。技術的に妥当な見方ではあるが、「だから彼は終わった」という結論まで含意するものではない。

コーチ遍歴と、妻という選択

スタイルを矯正しようとする試みは、コーチ遍歴にも表れている。シャポバロフには、ミハイル・ユーズニー、ヤンコ・ティプサレビッチ、ミカエル・ティルストロムら、名のあるコーチが次々についてきた(出典:Wikipedia)。彼らはこの「奔放な才能」に戦術的な規律を与えようとした、と各所で報じられている。

そして2026年2月、彼は新たな選択をした。妻である元スウェーデン代表選手、ミリヤム・ビョルクルンドをコーチに迎えたのだ(出典:Wikipedia)。2025年に結婚したばかりの妻と、年間を通じて世界を回る。

この選択を、海外記事は「基本的なテニスと最小限の努力で、ランキングを維持する道を選んだ」と批判的に解釈している。だが、これも一つの見方にすぎない。最も信頼できるパートナーと組むという選択を、外から「諦め」と断じることはできない。実際のところ、本人がどんな意図でこの体制を選んだのかは、本人にしか分からない。

まとめ:絶滅危惧種に、フェアな目を

シャポバロフのテニスを、スタイルの観点から整理すると、こうなる。

  • 希少性:左利き×片手バックハンドは、ATPトップ300で唯一。異質で美しく、ハマれば手がつけられない
  • 構造的逆風:片手バックハンドは2024年に史上初めてトップ10から姿を消した。高く弾むスピン全盛の時代は、この打ち方に逆風
  • 技術的課題:キャッシュの言う「中間のショット」=守備から攻撃へのつなぎが乏しい。ハイリスク一辺倒で一貫性を欠く(ただし論者の解釈)
  • 現在地:怪我からの浮き沈みを経てトップ30〜40。2025年に2タイトル獲得、年末23位。本人はトップ10復帰を公言

「凋落した天才」という物語は、確かにドラマチックだ。だが、その枠組みに乗っかる前に、いくつかの事実を思い出したい。彼はまだ27歳で、ツアータイトルを取り続けている。そして何より、彼が苦しんでいるのは、本人の資質や気持ちの問題である前に、「絶滅危惧種の打ち方で、両手全盛の時代を戦っている」という時代背景でもあるのだ。

片手バックハンドの美しさに心を奪われたファンとしては、シャポバロフのような選手にはできるだけフェアな目を向けたい。彼の華やかなテニスが時代に苦しむのは寂しいが、それは彼が「魂を失った」からではなく、彼が貫いているスタイルが、たまたま時代と噛み合っていないからかもしれない。トップ10への扉をもう一度こじ開けられるか——その答えは、得意のハードコートシーズンが教えてくれるだろう。